店舗や事務所のビルオーナーが指定したB工事や退去時の原状回復工事に関する問題が起きた場合、裁判が行われることがあります。その際、東京地方裁判所では民事22部の建築部会で審議が行われます。原告と被告双方に、建築士や設備士がサポートとしてつきます。さらに、裁判官側には建築設備の専門家が専門委員としてサポートにつきます。
事務所・店舗の“原状回復工事”とは?ビルオーナー&テナントにとっての必要性とは
原状回復工事の正当性と適正価格の課題
原状とは、「借りた時の状態」を指し、現状とは「今現在の状態」を意味します。
例えば、10年前に建てられたビルに入居工事(原状変更工事)を実施し5年使った場合、原状回復工事は「15年前の状態に戻すこと」になります。
しかし、このような仕組みは社会環境が激変する時代においては合理的とは言えません。
環境に優しい工事を行うために、リユースやリサイクルなどの方法を採用し、次のテナントにとって魅力的な建物に改修する必要があります。
原状変更工事で作った設備は借主(テナント)の所有物であり資産です。これはC工事であり、解体して移転先でリユースする権利を収去権といい、借主の所有権の保護を目的として法制化されました。
また、最新のスーパーグレードビルはIT化が進み、セキュリティや機能性などに優れています。当然ビル運営のルールも厳しく、施工条件も厳しくなります。
そのため、工事の業者は信頼性が高くメンテナンスも万全である必要があります。ビル側は、テナントにとって安心・安全・快適な環境を提供するためにも、瑕疵保証やメンテナンスを万全な体制をとり継続的に行うことが大切となります。よって、原状回復やB工事を行うには本建物を詳細まで知り尽くした業者を指定するのです。
しかし、原状回復工事の範ちゅうを超えていると考えられることも起きます。
例えば、
- 「ネットワーク化されたビルにおいて、共用部に通している配線をすべて引きなおす必要があるのか?」
- 「中央管理室のデータ書替えなど、ソフト工事がすべて原状回復になるのか?」
これらの正当性を裏付ける明確な判例も法的根拠も、いまだにありません。
原状回復工事費の適正査定と論点構築の重要性
借主として、借主に預託してある敷金から原状回復費用が差し引かれる(敷引き)ため、原状回復工事費を適正な価格で発注したいという主張は当然の権利であると思います。
敷金は借主とって大事な財産なのです。
適正価格とは、原状回復指定業者の見積もりを3大項目に区分けして、適正な査定書を作成し、問題点を抽出し、論点を構築することから始まります。仮設、共通仮設、諸経費、専門業者経費、現場管理費、元請業者経費を合わせると、その費用の30〜40%を占めます。それには消防申請、試験調整費、養生費、交通費、検査費など、直接工事を行うために必要な付随する費用が含まれています。直接工事に付随する工事比率がなんと30%を超える事もあります。これが借り手に高く感じられて当然です。
直接工事とは、上記を除いた工事のことをいいます。
借主所有の物や設備の解体や撤去については、民法第598条の収去権が主張できますが、貸し手の資産である天井、壁、床と一体になっているなどの問題があります。そのため、貸主と借主で解体や撤去の業務範囲と責任を明確にする必要があります。店舗のスケルトンにも同様の事項が複雑になりますので、専門家でなければこれらの判断は難しいでしょう。
直接工事には、通常損耗、特別損耗、借主が負担するもの、貸主が負担するものなど、不明瞭な工事もあります。しかし、B・C工事に関する判例はほとんど存在しません。
賃貸契約で注意するポイント、「通常損耗」と「特別損耗」について解説
通常損耗について
「通常損耗」とは、本来貸主負担が原則ですが、原状回復特約に床、タイルカーペット貼替、壁、全面塗装など認められます。ただし、契約書に特約を明確に記載する必要があります。(情報開示と説明責任は、賃貸人にあります)
この場合においては、原状回復の文書は損耗の程度に関わりなく、床、タイルカーペット全面貼替とするなどの文書が記載されています。
特別損耗について
「特別損耗」とは、借主が賃室で損傷を与えた建材を修繕・修復することです。修理の仕方によって、費用が大きく変わるので、専門家に相談することがおすすめです。
例えば、テナント専用のセキュリティ機器を取り付けた時、ドアにビス穴を開けて壊した場合は、元の状態に戻すことができません。次のテナントも同じことをした場合、同様にやるのでしょうか?
入口ドアの全面新規取替えなど見積もりに含まれている場合、特別損耗の費用の話し合いをする必要があります。「特別損耗」については、よくあるケースです。もちろん、新品交換だとしても回復方法や費用は借主と貸主で話し合う必要があります。
借主負担なの?貸主負担なの?不明瞭な工事とは
中央管理室のデータ書替えなど、電気、空調、防災、衛星諸設備、ネットワークのためのソフト工事を指します。システム化され、ソフト費用の比較ができません。借主が原状回復工事として負担する必要があるのか、貸主がビルマネジメントの業務の一環として、負担するべきか協議の上、ガイドラインを作成する必要があります。また、最近では工事完了後の環境測定費など、空気中のホルムアルデヒドの測定検査も見積に記されていることも多々あります。
原状回復・B工事の適正発注のプロセス
※「B工事って、なぁに?」B工事について動画で解説しています
原状回復・B工事を適正費用で発注することを目的とします。
「敷金(保証金)は、借主の財産です」
《Step1》適正価格の査定書作成
専門家に守秘義務締結の上、下記資料を開示します。
「この原状回復・B工事の見積は、なぜ高額なのか?」 を明確にするために以下の手順を踏みます。
- 問題点の抽出
- 問題点に対し、解決策のため論点を構築
- 論点に基づいて見積、査定書を近隣芒種の同グレードのビル指定業者と比較します。社会通念上、適正と思われる費用で見積書、査定書を作成(エビデンス)してください。
求められる資料
- 指定業者見積書
- 建物賃貸借契約書
- 重要事項説明書
- 解約予告通知書
- 建物図面「貸方基準図書」
- 入居図面(テナント様の仕様に変更した図面)「原状変更図書」
- ビル側原状回復工事見積書、B工事見積書
- その他資料
- 「覚書」入居時・賃貸途中・退去時など交わしたもの
- 入居後に内装など変更されている資料
- 貸主と打ち合わせをされている場合、その内容など
上記①~⑧の開示資料をもとに適正費用の査定書を専門家に作成依頼してください。
《Step2》交渉(協議)
エビデンスと可視化が重要です。
エビデンスをもとに賃貸人、賃貸人側業者と真摯に協議を重ね、争点を明確にする。そして賃貸人と賃借人で譲るところは譲り、お互い納得した合意案で円満合意を目指しましょう。
注意事項「法令順守」
- 賃貸借契約書は、守秘義務?
- 弁護士法第72条(非弁行為の回避)
- 原状回復の発注が遅れによる明渡し遅延損害金の対応
業務委託する専門家に上記①~③の対応を面談の上、確認してください。法令順守は最優先事項です。➀➁③を明確に回避していることは必修条件です。
執筆者 萩原 大巳のワンポイントアドバイス
改正民法はB工事・原状回復・敷金返還の強い味方です
アメリカやEU、英連邦ではB工事やC工事など独占の指定業者はありません。また、10年前、20年前に回復する原状回復義務も存在しません。さらに、高額な預託金(デポジット:敷金)も求められません。
世界の都市では、グローバル企業、ユニコーンを誘致するための借地借家法(リーシング)は、コロナ禍においても柔軟(フレキシブル)に対応しています。オフィスや店舗の誘致には、グローバルスタンダードが必要です。
そのために、改正民法により原状回復や敷金に関する規則が法制化されました。
改正民法第621条において、A・B・C工事区分や原状回復の定義範囲、工事内容の明文化は貸主の責任として法制化されました。
また、改正民法第622条の2第1項においては、敷金の定義目的や敷金返還時期の明文化が貸主の責任として法制化されました。
今後は、B・C工事も原状回復についても、改正民法に基づく借主の権利の主張が、適正価格につながる最大の要件となります。